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最終更新日:2006/10/03 9:59:12
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西の正倉院のイメージ写真

西の正倉院について1

 美郷町南郷区に伝わる百済伝説は、西暦660年頃、唐と新羅の連合軍との戦いに敗れた朝鮮半島の古代国家「百済」の王族一行が日本に亡命した後、南郷区に移り住んだと伝えられています。その後、平穏な日々を過ごしていた王族一行へ都から追討軍が送られ、激しい戦火の後、王族一行は最後を遂げました。村人に慕われた父王の禎嘉王はいつしか神門神社の祀神となりました。
この伝説を今に伝える「師走祭り」と王族の遺品で奈良正倉院の御物と同一品と言われる銅鏡「唐花六花鏡」は学術的も大変貴重なものであります。日本に現存する唐式鏡300面の内、17面もがこの地に残されています。
この貴重な文化財を後世に伝えるために南郷区では宮内庁の協力、奈良国立文化財研究所の学術支援、さらに建設大臣の特別許可により、門外不出とされていた正倉院原図を元に樹齢400年から500年の木曾天然檜により忠実に再建しました。規模、造営材とも奈良正倉院と寸分の違いも無い「西の正倉院」には、故郷を追われた百済王族達の郷愁を1300年の時空を超え今に伝える平成の文化財といえます。
西の正倉院の写真1 西の正倉院の写真2
■西の正倉院1

 ■西の正倉院2

西の正倉院について2
 「西の正倉院」は奈良正倉院の御物と同一品を含む、貴重な文化財が存在することから計画された博物館です。建設にあたっては宮内庁所管の正倉院原図を元に、釘や金具、瓦や柱などの部材や瓦の葺き方、部材には国有林の木曾檜を使用する等、全て原図を元に忠実に再現しています。このことから建築にあたっては宮内庁をはじめ様々な関係機関の皆様のご協力、ご支援を頂きました。 
この様に西の正倉院では今まで非公開とされている内部も忠実に再現していると共に神門神社所有の百済王族にまつわる宝物や伝説を裏付ける師走祭りの紹介をしています。中でも百済王族の遺品と云われる24面の銅鏡の中には奈良東大寺大仏殿の台座から出土した銅鏡と同一品である「唐花六花鏡」をはじめ学術的にも貴重な国宝級の宝物が展示されています。
「西の正倉院」でのひとときは貴方を古代史の謎とロマンの世界へ貴重なものとなるでしょう。
24銅鏡 正面玄関
■24銅鏡  ■正面玄関
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