美郷町南郷区に伝わる百済伝説は、西暦660年頃、唐と新羅の連合軍との戦いに敗れた朝鮮半島の古代国家「百済」の王族一行が日本に亡命した後、南郷区に移り住んだと伝えられています。その後、平穏な日々を過ごしていた王族一行へ都から追討軍が送られ、激しい戦火の後、王族一行は最後を遂げました。村人に慕われた父王の禎嘉王はいつしか神門神社の祀神となりました。 この伝説を今に伝える「師走祭り」と王族の遺品で奈良正倉院の御物と同一品と言われる銅鏡「唐花六花鏡」は学術的も大変貴重なものであります。日本に現存する唐式鏡300面の内、17面もがこの地に残されています。 この貴重な文化財を後世に伝えるために南郷区では宮内庁の協力、奈良国立文化財研究所の学術支援、さらに建設大臣の特別許可により、門外不出とされていた正倉院原図を元に樹齢400年から500年の木曾天然檜により忠実に再建しました。規模、造営材とも奈良正倉院と寸分の違いも無い「西の正倉院」には、故郷を追われた百済王族達の郷愁を1300年の時空を超え今に伝える平成の文化財といえます。 |